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『蛇に噛まれて朽ち縄に怖(お)じる』 ― 新年に思うこと ―

2013年02月02日

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気持ち新たな新年を迎えました。 旧年中は当コラムをご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。 本年が皆様にとって輝ける一年となりますように、当コラムもそのためのヒントや一助となれれば幸いと存じ、できる限りの新しい情報をお伝えしてまいりたいと考えております。 例年の如く干支にちなんだ諺から新年号をスタートします。 蛇は神の使いとも呼ばれる神聖で縁起が良い動物なので十二支に入ったとも聞きますが、ことわざとなるとめでたい意味で使われるものは少なく、悪い意味で使われるものが多いようです。タイトルのことわざは、『一度ひどい目に遭ったために、必要以上に恐れて、ひどく億病になる』たとえで使われます。 蛇に噛まれてからは、腐った縄を見ても「蛇だ」と勘違いして驚き怖がることからできたことわざだそうです。 英語では、『Scalded cats fear even cold water.』(火傷した猫は水をも恐れる)、『He that has been bitten by a serpent is afraid of a rope.』(蛇に噛まれた者は縄を怖がる)、『Birds once snared fear all bushes.』(一度罠にかかったことのある鳥は、すべての茂みを怖がる)などと表現するようです。 近いことわざでは『羹(あつもの)懲(こ)りて膾(なます)を吹く』(=熱いお吸い物で口を火傷した者が冷たい和え物でさえ吹いて冷ます=こりて用心深くなり過ぎる)、『黒犬に噛まれて赤犬に怖じる』など他にもたくさんあり、人間が恐怖心を一度植え付けられるとその先入観によって、いかに動けなくなる動物なのかを表しているのではないかと考えさせられます。 最初にこのことわざを持ってきた理由は、今年は恐怖心や先入観と戦っていかに新たにアクションを起こせるのかが課題と考えたからなのです。 昨年末の総選挙で政治体制が変わりましたが、蛇に噛まれた後のごとくに前の政治に懲りた結果とも言えるようですし、その前の政権交代時も同様にその前の政治体制や官僚支配に懲りた結果とも言えるのではないかと思うのです。 新政権では、旧来型の公共投資やインフレ牽引策をとる様子ですが、赤字を増やして無理に投資をする政策ですから、ここで企業や消費者が先行き不安から消極的防御の姿勢のまま我慢して蓄えに廻ってしまうと、景気浮揚どころか赤字が増えるだけでさらに景気が悪化するといった結果になりかねません。 恐怖心と戦いながら有効な手立てを積極的に打っていく一年になると思うのです。

《蛇を描きて足を添う》

略して『蛇足』といわれます。 中国の古典『戦国策・斉』にある故事に基づくものだそうです。 楚の国で蛇の絵を早く描く競争をしたときに、自分の早さを自慢した者が「足まで描けるぞ」と言ったら、別の者が「蛇には足がないはずだ」と言ったため、足を描いた男が負けてしまったという話が諺になったそうです。 『蛇を画きて足を添う』『蛇足』とは、余計なつけ足し、なくてもよい無駄なもののたとえを表したことわざです。 近いことわざでは、『無用の長物』(「長物」とは、長すぎて邪魔になるばかりで用をなさないものの意味から、無駄なものや役に立たないどころか、かえってじゃまになるもの)、『月夜に提灯(ちょうちん)』『夏に火鉢』『昼に行燈(あんどん)』『夏炉冬扇(かろとうせん)』などたくさんあります。 英語では、『Put a fifth wheel to the coach』(馬車に5つ目の車輪をつける)、『A good for nothing.』(役に立つものがない)と表現する様です。 蛇には足がありませんが、元々は前脚、後ろ足があったことは骨格などから判っています。 足が退化したと一般的には表現しますが、足があると地中や枯れ葉の中にもぐりにくく、隙間にも入り込みにくくなるのです。 また、足が無いために前にも左右にもすばやく移動でき、水中での泳ぎも早くなったそうです。 つまり、退化ではなくて進化なのです。 蛇足の語源となった故事では、最後に足を書き入れてしまったのは余計でしたので、調子に乗って余分なことをしすぎると台無しになるよという教訓なのですが、蛇の足のように余分なものを取り除くと、さらに能力が増して特徴が生かせるよといった部分もあると思うのです。 新しいものに果敢にチャレンジしつつも、無駄な部分は省いてシンプル化していくことも進化だと蛇から学ばせていただきたいと思います。 安倍新政権にも、構造改革と、かつて民主党が行った事業仕分け的な無駄の削減は断行してスリム化を図っていただき、その原資を積極的景気浮揚策に回して欲しいと思います。 無駄を省くことが、積極的な新しい投資の妨げには決してならないと、経営者も政治家も官僚も認識しておきたいものです。 もうひとつ、本業とするものが順調な業績ならばいざしらず、思い描いたような経営状態ではない時に、本業とまったく違う業種に参画するのも蛇足な決断と思えてなりません。 仮に順調であった場合でも、まったく違う分野に参入する場合は、その業種を徹底的に誰よりも勉強して決断しないと上手くいかないことが多いようです。 よっぽど躍進するような時代背景があって、時代が要請しているような分野のもので、かつ競争相手の少ないニュービジネスでもあればいざ知らずですが、そんなものはありえないと考えるべきだと思います。 誰でも簡単に上手くいくようなビジネスなどは存在しない時代で、一攫千金で簡単に成功できるような時代では決してないと思うのです。 よっぽど歴史的に稀にみる優れた経営者か、飛び切り強運に恵まれた人でもない限り、素人の生兵法は危険で、蛇足な仕事と考える必要があると思うのです。

《蛇の道は蛇》

『餅は餅屋』って諺があります。 なにごとにもそれぞれ専門があって、素人がいくらうまいと言ってもしょせん、専門家にかなわないという意味で使われます。 『芸は道によって賢(かしこ)し』『海の事は漁師に聞け』『田作る道は農に問へ』『悪魔は悪魔を知る』『馬は馬方』『刀は刀屋』『酒は酒屋に茶は茶屋に』『船は船頭に任せよ』『仏の沙汰は僧が知る』『病は医者、歌は公家』『弓矢の道は武士が知る』『弱くても相撲取り』等、似た意味のことわざがたくさんあります。 『蛇の道は蛇』も意味は近いのですが、『その道の専門家は、その道をよく知っている』という意味の他に、『同類の者のすることは、同じ仲間なら容易に推測ができる』ということのたとえでも使われます。 このことわざの由来は、大蛇の通る道は小蛇がよく知っているからという説と、蛇の通る道は他の蛇もよくわかるからという説があるようです。 英語では、『The wolf knows what the ill beast thinks.』(狼は悪い獣の考えをよく知っている)、『Set a thief to catch a thief.』(泥棒に泥棒を捕まえさせよ)、『There is a mystery in a meanest trade.』(どんなけちな仕事にも秘訣がある)などと使われるようです。 本業が思いどおりにいかなかったり、限界を感じたりすると、『あっちの水は甘いぞ』といったように、違う分野に魅力を感じて安易に投資をしたりする場合も時に見受けられます。 『生兵法(なまびょうほう)は大怪我のもと』というように、生半可な知識や技術で事を処理しようとすると、かえって大失敗を招く場合も多いと思います。

《蛇は寸にして人を呑む》

大蛇は一寸(約3cm)ぐらいの小さいころから、自分よりはるかに大きい人間をも飲み込もうとする勢いや気迫を持っているといわれます。 同様に偉大な人物は幼い頃から、並みの人間とはかけ離れた、優れた素質や気概を持っているという意味で使われる諺です。 大蛇に限らず蛇は、一時的にアゴの骨を外して自分よりも大きな獲物を飲み込んで飲み込んだ後は、またアゴの骨を元のように戻すことができるともいわれています。 以前は大きい組織や大きい企業に安定感がありましたが、バブル崩壊後の社会情勢の激変や、インターネット革命によっての誰にでも瞬時に情報収集可能な世の中への変化によって、むしろ大きな組織の意思決定の遅さや機動力のなさが目に付いて、小が大を制するような劇的変化が進んできたように思います。 小さい物がその機敏な行動力や特長を大いに活かして、自分よりも大きなモノを飲み込んでいく時代になっているようにも思えます。 もちろん、はっきりとした特徴づけを明確にして、大きな企業と違う利点を打ち出しながら、インターネット等を活用しながらお客様と親密感ある関係性を構築し寄り添っていくなどの独自性が必要だと思います。 他の人と横並びで、または自分よりも大きいもののマネをしてなど、他と同じ事をしていては駄目で、人と違うはっきりとした独自性をいかに打ち出せるかが、小さい方が大きい方を飲み込むには大切なのだと思います。 ただし、『蛇(くちなわ)の口裂け』ということわざもあり、蛇は欲深く、自分の口より大きなものを口に入れようとして、口が裂ける場合もあることから、『欲が深すぎるあまり、身を滅ぼす』といった教えもありますので、教訓としたいところです。 小さいモノでも勝負できる時代と認識しておくべきと思います。

《藪をつついて蛇を出す》

略して『やぶへび』と使われることわざです。

藪をつついてわざわざ蛇を追い出し、その蛇に噛まれるという愚かさから、せっかくおさまっているものを余計なことをして、かえって悪い結果や災いを招くことのたとえで使われます。 『藪を叩いて蛇を出す』とも、『草を打って蛇を驚かす』とも使われます。

英語では、『It is ill to waken sleeping dogs.』(寝ている犬を起こすのは間違い)、『Let sleeping dogs lie.』(眠った犬はそっとしておけ)と表現するとの事です。

『寝た子を起こす』『手を出して火傷する』も近い意味の諺です。

固定客と位置づけていた馴染みのお客様の流出やご来店間隔が伸びてしまって、月間のご来店客数の絶対数が減ってしまった場合に、ご来店客数を増やしたい一心で、初来店のお客様向けの思い切ったキャンペーンでご新規客向けの優遇キャンペーンを思い切って打つ場合もあると思います。

この場合に、長い間通い続けていただいている常連の上顧客様に対する優遇策とのバランスを欠いてしまって、ご新規客への優遇策の方の条件が良くなってしまうケースも散見されます。

長い間お店を愛してくださった常連のお客様が、黙って去っていってしまったり、ご新規客対応に追われて以前からのお客様に対しての接遇が低下したりといった場合もお見受けします。

これは、藪をつついて蛇を出してしまったのかもしれません。

『やぶへび』を良い方向で解釈するならば、潜在的顧客ニーズを引き出すために新メニューでアプローチをかけるであるとか、潜在新顧客を呼び起こすためのライフスタイルとヘアスタイルを複合させた提案を斬新な切り口で媒体やインターネットを通じて訴えかけるなどが、藪をつつくアクション例かと思います。

そしてそれよりももっと大切な藪をつつく行為とは、スタッフの皆さんの眠っている才能を呼び起こし、個性を伸ばし、個人の向上心やお役立ち心に火をつけてあげて、仕事とともに生きる喜びに目覚めてもらって、その気(やる気+本気)になってもらうことなのかと思います。

《蛇の生殺し》

お店のスタッフや経営者自身のやる気に火がつかなかったと仮にしたならば、『蛇の生殺し』状態になりかねないかと思います。

蛇を一思いに殺さず、半殺しの状態にしておく意味から、痛めつけて半死半生のまま苦しめることや、物事を中途半端の状態にして、決着をつけないことのたとえとして使われる諺です。

かなり過激な表現を使ってしまいましたが、お客様に対しても生殺し状態にこちらが無意識のうちにさせてしまってはいないかと心配になる時があります。

美しくなろうとして希望を持って来店されるお客様に対して、回を重ねるごとに慣れが生じて緊張感がいつの間にか薄れ、このお客様はいつもこのスタイルでこういう系統のカラーなどと、ワクワクする新しい魅力を引き出してお客様が歓喜するといった方向を忘れて、以前来店時の現状復帰の技術応対を、技術者側の思い込みでしてしまっていないかって心配です。

もし、こんなことがあるとしたならば、美の生殺し状態なのかもしれません。

『蛇ににらまれたかえる』ってことわざもあります。

非常に恐ろしいもの、苦手なものの前で、身がすくんでしまい動けなくなるようすのたとえで使われることわざです。

仮にスタッフの皆様の持ち味を最大限発揮できるように伸ばしきれていないとしたならば、パフォーマンスを発揮できない原因が『蛙になってないか』を疑って見る必要があると思います。

お客様の中にもクロスをかけられて自由を奪われてシザーという刃物の前では、『蛇に睨まれた蛙』のように言いたい要望も充分に言えない心理的状況になって、『まな板の上の鯉』の様に覚悟を決めてじっとしている方もおられるかもしれません。

ところで、今年の弊社のスローガンは、巳年にちなみ、『地を這うような、地道な積み重ねこそ、決定的な差を生む』といたしました。

しっかりと、お客様型と密着して、寄り添ってお話をうががっていきたいと考えております。

とぐろを巻かずに脱皮して、成長する一年にしていきましょう

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