M-press『杞憂(きゆう)』 ―将来に不安を抱くより今できる事を考える ―
杞憂とは心配しても無駄なこと、あれこれと心配すること、取り越し苦労の意味で使われることわざです。
中国の杞の国の人が、天が崩れ落ちたらどうしようとしきりにびくびくと憂えたという、中国古典の『烈子・天瑞』に載っている故事に基づくものです。
「杞人の優(ゆう)」、「杞人の優(うれ)え」とも日本では読まれたそうです。
英語では、『If the sky falls we shall catch larks.』(もしも天が落ちてきたらひばりを捕まえられるだろう)と表現するようです。
取り越し苦労って表現もありますが、どうなるかわからない将来のことをあれこれと考えて、無駄な心配をする事をいいます。
将来が混とんとして予測できず、先行きが不安になった時こそ、どうなるか判らない事にあれこれ悩んでいるより、今できることに思い切って動きだすことが重要なのだと思います。
今号では、今すぐにできそうな打つべき手を考えてみます。
《呉越同舟》
敵対する者同士が同じ場所に居合わせる事を表すことわざです。
また、敵対する者同士も共通の困難に遭遇すれば手を携えてそれに立ち向かうという意味でも使われます。
中国の春秋時代の呉の国と越の国は宿敵同士で、その両国の者がたまたま同じ舟に乗り合わせた時に暴風雨に襲われて舟が転覆しそうになると、互いが手を取り合って協力して動いて助け合ったという『孫子・九地』の故事に基づくものです。
英語では、『 While the thunder lasted,two bad man were friends.』(雷が続いている間は、二人の悪人は友人だ)と表現されるようです。
近い意味の諺では、『同舟、相救う』もあり、『利害を等しくする者同士は、たとえふだん仲が悪かったり、また見ず知らずの間柄でも、危険にさらされれば互いに助け合ったりする』という意味で使われます。
敵という表現を使って相手を見ると、必ず自分も敵対視された反応が跳ね返ってくるものです。
危機的状況の時に同じ船に乗り合わせた敵同士でさえ助け合うのですから、お互いに意識し合うライバルは競争相手や目標としてばかりでなく、いざという時は協力して立ち向う同士であるとも言えるのです。
さて、それでは現在のライバルや競争相手は誰なのでしょうか。
日本の美容室の軒数は、年々増加を続けてきました。
日本の人口は外国からの在住の方を除いて2006年頃にピークを迎え、2012年には前年より約28万人減となりました。
これは、福島市や三重県津市が丸々消えたことになるほどの人口減です。
これからは、毎年それ以上の人口減が繰り返されることになってきます。
一方で、美容室軒数は約21万軒、美容室従事者数:約40万人(1施設あたりの従業美容師数:約1.9人)となっていますが、開業数と廃業数がほぼ同数で推移したと仮定して、ほぼ同数の件数が維持された場合には、これから十年間の人口減が約350万人で美容人口約210万人と想定すると、単純計算すると美容所一軒当りで10人の顧客減となります。
そして、ここ数年の年間の美容師免許取得者は、1万5千人程度となっており、全員が美容室に就職しない現実を見ると、美容室一軒当たり均等割りで0.5人、つまり美容室二軒に一名程度の新免許取得美容師しかまわらない計算となっています。
以上のような種々の数字を並べてみると、美容サロンがライバルとするのは、近隣美容サロンでないことが明らかになります。
むしろ、全美容室経営者が一体となり、美容室関連のメーカーや業者も含め一丸となって、美容業界の魅力や価値を高めて、他の業種業界よりも、若者に魅力を感じてもらう美容サロン産業を作っていくことが急務だと思うのです。
現在の郵便ポストの全国総数が18万個、信号機総数が19万基などより多い美容室軒数となっていますが、喫茶店が今から32年前の1981年の全国15万4千軒(総従業者数57万5千人)から、2009年までに7万7千軒(総従業者数35万人)まで、軒数が半減してきたように、美容室も減っていく可能性があると思うのです。
喫茶店の場合はスターバックスを筆頭に大型面積店舗のチェイン店の対等で、個人営業店が廃業し、全国総店舗数は激減しましたが、従事者数は大型店舗化でここ5年ほど増加しています。
小規模店舗が廃業して激減し、大型チェイン店舗数が増加する傾向は、薬局、家電量販店、玩具店、家具&日用品店、文具店、書店、カメラ、時計、メガネなど各方面に見られます。
化粧品小売店も減少しましたが、こちらは大手ドラッグストアチェインや百貨店、コンビニなどに受け皿が変わったと見られています。
コンビニエンスストアは、現在7~8万軒と言われ、美容室軒数のおよそ三分の一の軒数です。
戦後の小売業界では、三越日本橋本店、伊勢丹新宿本店などのデパートが第一位の時代が長く続きました。
次に、中内功氏率いるダイエーが小売業種№1に上り詰め、大型量販店が花形になります。
その後、家電量販のヤマダ電機やユニクロのファーストリテイリングが台頭し、現在はセブンイレブンやイトーヨーカドーなどのセブン&アイホールディングスが首位に君臨しています。
時代とともに変わってきました。
このように小売店舗の形態が大きく変化していく一方で、さらにここ数年もっと大きなうねりで影響を与えてきているのが、インターネット通販の世界なのかと思います。
パソコンでのインターネットで見る環境が限られていた時代から、携帯電話のインターネット化、スマートフォンやタブレット端末などの急激な普及増大により、どこの場所でもいつでもつなげられる環境ができて、店舗に行かなくても購入手続きができる時代になってきたのです。
ただ、単純に安く買うといった手段のみならず、気に入ったものを定価購入する場合でも、利便性から店舗に行かずに、その気に入った小売店舗のサイトから購入する人も増加したのです。
もはや美容業界の中だけの事を考えていては立ち行かない世の中になっているのかと思います。
業界のボーダーラインを外したまさに呉越同舟の時代なのです。
《明日は明日の風が吹く》
明日のことをくよくよ心配しても始まらない、なるようになるということを意味するものです。
明日になれば風向きが変わることもあると、現在の苦境を自ら戒め、明日にそれなりの期待を寄せる気持ちで使う諺です。
「明日のことは明日案じよ」という、近い意味の諺もあります。
英語では、『Let the morn come and meet is it.』(明日は明日の食物を持ってくる。)、『tomorrow brings its own fortune.』(明日は明日の幸せを持ってくる)と表現されるようです。
将来に向けての動きはできるだけ把握することは必要ですが、悲観してみることも、あれこれ思い悩む必要もなく、今打てる手をシンプルに打っていくことが重要なのかと思います。
美容室一軒当りの絶対顧客数は減少していくとすれば、お客様が何回も足を運びたくてワクワクするお店で、ここでないといけないという独自の価値を創っていく必要があると思います。
絶対顧客数が低下していくのならば、物販品の魅力を増やして、どうしてもあのサロンで買いたいという付加価値を高めて、店販売上げ比率も自然と増えるようにしなければなりません。
物販という観点では、インターネットが普及した今となっては、「行くだけで価値のある」場所でなければならないサロン環境を作らなければならないのです。
店舗デザインや家具・什器だけでなく、その空間がかもし出す雰囲気や居心地までも含めたものが大切なのです。
今までのような方法で、モノを売っているサロンは、いずれお客様から「それはインターネットで済むから」といわれてしまう時代がくると思います。
家にいながら24時間買い物や手続きができるインターネットは、確かに「便益」という観点で見れば、優れたシステムです。
では、インターネットがさらに進化すると、消費者は店舗には足を運ばなくなるのでしょうか。
ただ単にモノを売っている店舗には足を運ばなくなるか、ネット購入前の価格確認で来店するかになってくると思われます。
足を運ぶという無駄な労力を使わないでいいのですから、インターネットは便利なのです。
小生も、出張や旅行で使う宿は既にインターネット注文がほぼ100%になっています。
しかし、モノではなく、ワクワクする素敵な「体験」を売るという視点を持つ店舗では、インターネットに負けることはありません。
逆に、実際の空間を持っている「店舗」という武器を、最大限に活かすことで、インターネットに負けない集客力を持つことができるのです。
インターネットには絶対に負けない集客の核になるもの…それは、お客様にとっては「店そのものの魅力」なのです。
お客様が足を運ぶ行為はエネルギーが必要な行為なので、「行くだけで価値のある」場所でなければ、何度も来てはくれません。
「行くだけで面白い」とか「行くだけで癒される」とか「行くだけで時間を忘れる」とか、特別な価値を持つお店にならなければ、お客様が来てくれなくなってしまうってことなのです。
インターネットにないモノは何か、それは実際の空間なのです。
「いかに技術やスタイルを売るか?」「いかに商品を販売するか?」を考えるより、「いかにお客様に繰り返し足を運んでもらうか?」ということに気を遣う必要があるということなのです。
幸いにも美容サロンは美しく変身するワクワク感と、長時間に渡って親密感を作りやすい環境という優位性があります。
新顧客を集めることの前にすぐに手を打つべきことがあると思いますが、いかがでしょうか?
※フリーパレット集客施設研究所主宰・藤村正宏氏の著作『「モノ」を売るな!「体験」を売れ』
(実業之日本社刊)より、一部抜粋流用いたしました。
ビューティ-クリエータ-のための情報誌 No.198 株式会社マックス企画室