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『ゆっくり急げ』 ― 人によるサービスの本質について考える ―

2010年06月20日

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今回のタイトルの諺は、日常使われる回数が少ないものかも知れません。
初めて目にする方もいらっしゃるのではないでしょうか。
「急を要する時こそ、心して慎重に行動すべきだ」という意味で使われます。
英語では「Make haste slowly.」と表現され、それがそのまま日本語の諺になった様です。
元々はラテン語の「Festina lente.」が語源で、非常に古い諺なので、ラテン語から派生したエリア(スペイン語、ポルトガル語、イタリア語圏等)を始め、英語圏にも幅広く伝わってきたとの事です。
ですから、日本人は使うことは少なくても、英語圏とラテン語圏の人口は世界の大きな勢力ですので、世界中で多くの人々が使っている諺なのです。
現在開催中の南アフリカW杯でも、世界各国のコーチ、監督から、この言葉が飛び交っているのではないかと想像できます。
さて今回は、行動心理学的見地から美容サービスを考えてみたいと思います。

《急いては事を仕損じる》

日本では、この諺の方が良く使われます。
「ゆっくり急げ」と似てはいますが意味は少し違うようです。
「焦って事を急ぐと、とかく失敗しがちなものだから、急ぐときほどじっくり落ち着いて対処せよ」という意味で使われています。
英語では、「Haste makes waste.」(急ぐと無駄ができる)と表現されます。
急いで事を仕損じてはならないので、「急がば回れ」や「近道は遠道」という諺も使われます。
近道は悪路だったり、危険だったりして、かえって時間がかかることもありますが、物事も同じで、手っ取り早く仕上げようとして手を抜くと、後でかえって手数がかかるものです。
急を要することに対処する場合は、一見時間がかかるように見えても、安全で確実なやり方を取る方が、結局は早く目的に到達できる賢明な方法だというのがその意味です。
さらに、「急ぎの文(ふみ)は静かに書け」という諺もあります。
急ぎの手紙ほど大事な要件の場合が多く、早く書こうと焦ると、とかく書き誤りや書き落としをしがちなものです。
だから、急ぐときほど落ち着いて、丁寧にゆっくりと書けということをいったものです。
皆様も、急ぎの書類や手紙、電子メール、携帯メールなどを、焦って発信した後に、誤字脱字等に気が付いて青くなった経験があるのではないでしょうか。
特にお客様への来店お礼の葉書、メールなどに間違いがあると、逆に印象が悪くなってしまう場合もあるので注意が必要です。
一番やってはいけないのは、お客様の名前の字を間違えてしまうことです。
お客様側に立って考えると、自分を大切にしてくれていない、軽く思われていると感じてしまい、お店に対しての印象を非常に悪くする場合もあるのではないかと思います。
これらの諺は、単に安全に遠回りしろといっているのではなく、慎重に準備をするべきで、軽率な考えで安易な方向に進むなと、戒めているものだと噛かみしめておきたいものだと思います。

《心を亡(な)くす》

「忙しい」は人に聞く場合で使うのは良いが、自ら自分が「忙しい」と発してはいけない言葉とのことです。
「お忙しいですか?」と人に聞かれて、「忙しいです」と答えるのはNGで、自分自らが忙しがってはならないと、日本でも海外でも先人達が教えています。
忙しいとは「心を亡くす」という文字で表現されます。
相手を気遣う余裕や、おもてなしの心まで失ってしまうのが「忙しい」状態です。
正にサービス業や接客ビジネスでは、あってはならない状態とも言えます。
表現が固くなり、笑顔は消え失せ、血相を変えて、気配りの余裕もなく動き回るようでは、お客様に上質のサービスをして差上げることは困難になります。
「忙しく動き廻っている」とお客様から見られるのではなく、「キビキビテキパキと軽快に」映るような働き方をしなければなりません。
動くと働くとの差は、「人の為に」という意味で人べんがついている違いだと語る人がいます。
「働く」は「ハタ(周囲)」を「楽」にすることだと語る人もいます。
「楽にする」「楽します」対象の相手から、その為に働いている人が心を亡くすまで忙しく、必死の形相で余裕なく動いてくれていると見られてしまったとしたら、その恩恵を受ける側は本当に喜べるでしょうか。
「私の為にここまで頑張ってくれるの!」との嬉しい気持ちをお客様はお持ちになるでしょうが、深い心理の奥底には何か得体の知れない心地悪さを持ってしまう場合もあるようです。
それは、余裕の無い程忙しいように見える人に、自分の為に動かせてしまっていることに対する申し訳無さや後ろめたさが原因なのかも知れません。
お客様がお金を支払うのだから、動いてもらうのは当然とも思えますが、人間の心理はそんなに単純なものではなく、自分が自覚していない感情が潜んでいるものだそうです。
人が自らはっきり自覚しているものが顕在意識ですが、これは4%程度しかないと言われます。
普段は意識できていないもので、努力すれば意識できるものを潜在意識と呼ぶそうです。
何かの拍子やアクシデント等で意識に浮かび上がってくる心の領域が潜在意識です。
さらにもっと深い心の奥底には無意識という領域も眠っているそうです。
無意識は意識しようとしても意識しにくい領域で、記憶や感情などが深く押し込まれているので、意識しようとしても思いだせないそうです。
人の感情の大部分を支配しているのは、この潜在意識と無意識だそうです。
何か得体の知れない心地悪さを自ら感じている場合は、この潜在意識の領域の感情や記憶を刺激している場合が多いそうです。
行動心理学的には、この無意識領域を原因とした不快さも、次回の行動を制限する可能性があるとの話なので注意が必要です。
つまり、サービス提供者側が、忙しそうに余裕無く仕事をするのはタブーで、テキパキと楽しそうに働き、サービスを提供していくことが、お客様の喜びと、次回以降の来店につながるということをサロンスタッフ全員が確認することが大切と思います。

《人の為は偽り?》

「人の為(ため)」を一文字にすると、なぜか「偽」になります。
「ニセ」「いつわり(偽り)」となってしまいます。
小生が物心ついて約半世紀の間に、いつの間にか「世の為、人の為」と声高に叫ぶ人程、信用が置けない人だと思い込んでしまう様になりました。
例えば、政治家の国民の為にという耳触りの良い台詞が、何十年も裏切り続けられた結果として、「ひょっとして心にも思っていない口先だけの美辞麗句?」と小生の潜在意識に焼き付けられてきたのかも知れません。
社是にお客様第一主義を掲げて吹聴しておきながら、その会社の社長や社員の、「自社さえよければ」「自分さえよければ」といった自己本位、自分勝手な、社是と裏腹な姿勢を何度も見てしまってきたからなのでしょうか。
小生の片寄った見方かも知れませんが、本当に世の為人の為に動く人は、声高に吹聴はせずに、静かに心の奥に刻んで、その姿勢を貫いていることを日々の行動によって、人々に示している場合が多いように思えます。
逆に、当方が聞いてもいないのに、世の為人の為と執拗に繰り返し吹聴する人は、「看板に偽り有り」の場合が多く、現代の若者風な表現をするなら「ウソくせ~」と感じてしまいます。
極端にいえば「人の為」は、「ニセ(偽)物」のように見えてしまう場合もあるのではないでしょうか。
人の為の前に、まず主語として私があり、自分が主体的に仕事を進めながら、人のお役に立てる喜びが存在するのが本当ではないのかと思うのです。
自分達が職業人として嬉々として働ける幸せを感じることによって、それに接するお客様も幸福感を得られるという順番が本来の姿と思うのです。
そんな働く喜びを持った人々から、サービス提供を受けるお客様は上質の満足感を感じるに違いありません。
ですから、心を亡くすような忙しさを見せてはならないと感じるのです。

《暇と閑》

「忙しい」と並んで、自らは使いたくないものが「暇(ひま)」という単語です。
辞書を引くと、「さしあたって仕事がなかったり仕事が忙しくなかったりして、のんびり過ごせる時間や状態(を持つ様子)」とあります。
「暇を潰す」(退屈さを紛らわすためある事をして時間を費やす)、「暇に飽(あ)かす」(暇であるために物事に長く時間をかける)、「暇を取る」(自分から願い出て離職したり、離婚したりする。時間がかかる。手間取る)等々、消極的言葉が並びます。
私達は簡単に「暇」という言葉を発しがちですが、消極的な意味合いを深層心理的に持っている可能性(気がついていなくても)が高い単語なので、使えば使うだけ前向きな発想ができづらくなるという人もいます。
暇を持て余す程のんびりした状況下では、ゆっくり考えても進歩的、発展的な発想はどうやら出づらいのです。
前向きなちょっとした気持ちの安らぐ時間は、「暇」の字ではなく「閑(ひま)」の字を使うとのことです。
諺で「忙中、閑あり」いうものがありますが、どんなに時間が無い中であっても、なんとか「閑」な時間はつくることができるという意味で使われます。
1958年に発刊された有名な書物に、「パーキンソンの法則・進歩の追及」があります。
英国の歴史学者・政治学者のシリル・ノースコート・パーキンソンが書いたもので、世界的名著といわれているものです。
その第一法則に、「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」とあります。
柔らかく表現すると、「仕事は時間いっぱいに伸びるので、忙しい人程ヒマがあることになっていく」といった意味になります。
時間がありすぎるとかえって仕事が遅くなり、逆に仕事量が多い人ほど手早いからヒマもできるといったことを指しています。
「貧乏暇なし」という諺がありますが、それはその典型で、そうならないように努めていく必要があると思います。
パーキンソン氏は当時の英国の官僚機構を批判して、役人はライバルでなく部下が増えるのを望み、かつ役人同士で相互に仕事を作り上げ、総仕事量は増加していないのに、余分で複雑な手続きを増大させて、役人の数だけ拡大させたと訴えています。
現在、日本でもメスを入れ始めている官僚機構の問題が、以前は英国でも同様に起こっていたようです。
人間は、暇な時はどうやらろくなことしか考えないのかも知れません。
ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスは、「ゆっくり急げ」を良く口にし、これが代々伝わり、帝国が広域に拡大されながら、この言葉も広まっていったと言われます。
この言葉を碑に刻んで広場等に置いた都市が沢山あるそうです。
時間的ゆとりになれ過ぎてしまうと、仕事が遅くなったり、頭の回転スピードが落ちて、生産性が低くなったりすると指摘する人もいます。
私達も「忙しい」と口にする前に、時間に追われることを楽しみながら「充実している」と言い換えて、「閑」をつくって次の進化を目指したいものです。
また、「暇だ」と口にする前に、「対処できる時間ができた」と前向きに頭を切り替え、お礼状書きやカルテ整理、徹底清掃やレイアウト変更、技術や応待力スキルアップ等、普段できなかったお客様に喜ばれそうなことに手を打てるチャンスと捉えることも大切だと思いますが、いかがでしょうか。
今回は、日経誌夕刊コラム「あすへの話題」からお茶の水女子大名誉教授・外山滋比古氏の「ゆっくり急げ」、㈱ワイキューブのメルマガ「Y-レター」から同社マーケティング課マネージャー・下出裕典氏のビジネスコラム、神戸メンタルサービス合資会社講師・原裕輝氏の心理学講座を参考にし、一部抜粋と加筆をしました。

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