『爪に火を灯す』 ― コストダウンの正しい進め方 ―
油やろうそくの代わりに爪に火をつけて明かりにすることの意味から、ひどくケチなことやせっせと倹約することの例えで使う諺です。
ケチと言われるとあまり誉め言葉には聞こえず、倹約と言われると逆に慎ましやかな生活ぶりを誉められている様にも聞こえます。
ひとつでふたつの逆の意味を持つ諺は稀と思います。
今回は、コストダウンの手法を考えてみましょう。
《節約の歴史》
日本では大陸から伝わった仏教と、加えて儒教の影響をさらに強く受け、歴史上の長い期間に渡り、倹約や節約を美徳としてきました。
江戸時代に都市部で享楽的文化が花開いた時代も、その都度倹約令が出されて引締められたり、飢饉や噴火、大火災、地震等の天変地異により、慎ましい生活を迫られ、時の為政者は繰返し節約改革をしてきました。
明治期になり欧米からの文化が一気に流入しても、一部資産家が西洋文化を謳歌しただけで、庶民の大多数は儒教的道徳教育を家庭でも学校でも受けていた為に、倹約を美徳として、文明開化をささやかに楽しむレベルだったかも知れません。
庶民まで文明開化が進んだのは、大正デモクラシーの時代という見方もあります。
大正期は、個人としての精神開放が進み、国や家の所属員の自分から脱却し、伝統文化に西洋文化が交わって、新しい芸術文化が花開いた時代とも言われます。
この時代は大正浪漫と美化されますが、一方では鎖国が解かれ国際デビューした日本が、明治期に日清・日露両戦争で戦勝国となり領土拡大した上、大正期の第一次大戦の特需と遅れて流入した産業革命で大きく経済成長する中で、大正期に文化発展したと見られます。
好景気だからこその派手な文化発展かも知れません。
その後の歴史を見るとそれが判ります。
昭和に入ると直後の1929(昭和4年)年に世界大恐慌が起こり、国際経済の中に既に取り込まれていた日本も大不況に見舞われます。
失業者が溢れ、「大学は出たけれど・・(職が無い)」といった言葉が流行します。
不況期は倹約するのは当然ですが、植民地拡大中の日本は国力を上げるのも急務で、「生めよ増やせよ」と人口増加政策もとっており、食糧すらも十分に行き渡らない様な厳しい節約を強いられていくことになります。
中国での戦争から太平洋戦争に突入していく過程では、「欲しがりません勝つまでは」「贅沢は敵だ」「日本人なら贅沢はできない筈だ」などの国家キャンペーン標語をつくり、節約の強制ともいえる時代に入ります。
一方では「修身」と呼ばれた道徳教科で、慎ましやかに生きることが是で、派手な暮らしは非とする洗脳教育も行われてきました。
戦後に入り、今度は米国型個人主義が流入し、朝鮮戦争特需景気以降、長期に渡り続く経済成長期になると、「消費は美徳」という意識が刷り込まれ、戦前教育の「もったいない」が染み付いた人々との間でせめぎ合いになっていたと思います。
戦前戦中の苦労を知る人が、家庭の中心に座っている時期までは節約意識は強く作用していましたが、家計を支える人が戦後世代になってくる頃から、大量消費や使い捨て容認、長い間使い続けるよりも買い換える(修理より買う方が安い事情もあるが)ことを賞賛するなど倹約は美徳という意識は消え去り、経済発展のために欲しいものは買うという意識に日本人は転換してしまったと感じます。
結果、車や携帯電話の買い替えサイクルが世界で一番早いのは日本と言われます。
戦後にも2回の石油危機やバブル崩壊等の数少ない不況期がありましたが、その期間には我慢して倹約する国民の姿がありました。
儒教の影響が少ない世代が大半の今は、節約自体を美徳と考える人が少ないので、不況期には止むを得ず節制するが、好景気になるとまた無駄な消費もしてしまうというのが今の日本の正しい見方なのかも知れません。
《宮崎 VS 大阪》
東国原宮崎県知事と橋下大阪府知事、どちらも改革派の知事と呼ばれます。
小生から見ると、お二人はむしろ逆の両極端の手法をとって地域を変えようとしているように見えます。
企業や店舗の経営面と、今回のテーマであるコストダウンの参考例にもなるので触れてみたいと思います。
地方自治体も運営努力が足りないと、現代では破綻してしまいます。
北海道夕張市の例は記憶に新しいところです。
都道府県の中にも、財政破綻寸前のところがいくつもあるようです。
取り分け大阪府は毎年の赤字額が深刻で、税収入の落ち込みもあり破綻の恐れがあるといわれます。
以前の諸知事の時代につくられた、税収の割に経費が高い体制や無駄遣い、現実離れした計画に基づく都市整備大型プロジェクト(第三セクター含む)への多額の投資とそれらの連続破綻による負債などが、大阪の財政難の主な原因でした。
そのような、後の無い状況下で橋下氏が着任しました。
財政引締めにより、全てを節約や見直しをしていく、また赤字を垂れ流すものは被害が少ないうちに廃止していくのも当然といえます。
府民の痛みを伴いますが、サービス低下は覚悟の上で財政再建を優先する政策をとったのです。
企業が懸命に再構築を進めるのと同じ手法です。
店舗に置き換えれば、不採算店を未だ投資金額が回収できない状態であっても将来を睨んで思い切って閉店し、好業績店に集中して強化していく手法と同じです。
一方、東国原知事は、財政のひっ迫感が大阪程ではないこともあって、自らを宮崎県の広告塔と名乗り、県の物産品を全国にPRして、県の産業を活性化しながら税収アップを図るという積極策をとっています。
勿論、宮崎も無駄な支出は削減していますが、企業でいうと売上(県の歳入)を大幅アップして、経費を微増に抑え込めれば収益額は大きくなり、生産性は増大するという考え方なのです。
石原東京都知事は弊害も出ましたが、更に積極的です。
都が自ら出資した新銀行東京を設立し中小企業支援に打ってでたものの、審査が甘すぎ、してはならない相手に融資し、多額の焦げ付きが出て問題化しています。
日本ではまだ認められていないカジノをお台場につくる構想や、東京五輪招致をブチ上げるなど、独特な政策発想で、それで財政が潤うのか否かは未知数との批判もありますが、積極政策をとっています。
《コストダウンの基本》
経営学の父と呼ばれる故P・F・ドラッカーは以下のように言っています。
「コストの削減の成果をあげるには、事業の全体を視野に入れなければならない。
さもなければコストの他の部分への押し付けに終わる。
コスト削減の大成功の数ヶ月後には事業全体のコストは大して変わっていないことが明らかになる。」・・・
コストダウンの原則として一番最初にするべきことは、
◆「利益を生まない活動から生じるコスト」削減です。
利益を生み出さない活動には必ずムダ、ムラ、ムリがあるのでこの3種を発見して解消することがコストダウンとも言い換えられます。
理美容業界であれば、利益を生む活動とは技術売上げも店販売上げもお客様との間で発生する訳ですから、こういったお客様と直接かかわる部分のコスト削減は最後にするのが原則です。
事務コストやバックヤードの中のものからコスト削減を始めていくのが基本です。
注意が必要なのは、コストダウンでは、はっきり目に見えるコストだけが削減対象になりがちなことです。
作業効率の向上が期待できる投資でも、例えば20万円というまとまった新しい出資が必要だとわかったとたん、費用対効果を分析しないうちに導入を先送りにしてしまうことがあります。
導入を計画した段階では、作業効率に改善の余地があると思っていたのに、20万円という目に見えるコストが新たに生じるとなると、「作業効率の問題を放置する損失を減らすことよりも、目先の20万円のコストを抑制すること」が優先されてしまいがちになります。
20万円の投資をしない判断自体が間違えているのではなく、投資の費用対効果は検証せずに、目先の20万円のコストを抑制することだけに注目してしまったことが間違いなのです。
店舗内のすべての活動は有機的に関係しあっています。
ですから、特定のコストを削減して、他に悪影響を及ぼさないかなどの事前検証を徹底する必要があります。
また、コスト削減を推進した後の全般的経費発生状況を確認する等のチェックも続けていく必要が有ります。
例えば、一方で原材料費のコストダウンを計りながら技術価格を据え置いたところ、サービスレベルが低下したと見られて総客数が減り総売上も減った対策で、チラシを入れて客数回復して総売上が元に戻ったとすると、売上は同じで原材料費は下がったものの、その下がり幅以上のチラシ経費が余分に掛かった場合は、総経費はむしろ増加し利益が減ったことになります。
総合判断せずに、一部のコスト削減だけに注目しすぎると、他の経費増加に目が届かなくなりがちなのです。
《最後の手段》
最近の報道を見ると、製造業を中心とする大企業は、安易に解雇という手段を使っているように思えます。
その様な企業は、従業員を頭数として単なる人手としてみているのか、道具として考えているのでしょうか。
一般管理費の中で最も割合が大きいのが人件費なので、削減を行えばコストダウンの効果は大きいといえますが、人件費を水道・光熱費と同じ感覚で削減対象にするのは間違いです。
経営資源は「人・モノ・金・情報」といわれますが、他の3つと「人=従業員」の位置づけは少し異なります。
「情報を収集してモノを作り出し、それを販売して金に変える」行為はすべてが人が行うからです。
つまり、「モノ・金・情報」をいかに有効に活用できるかは「人」次第であるともいえるのです。
そのため、「安易な人減らしや人件費削減によって従業員のモチベーションがダウンすると、生産性が下がり、かえってコスト比率のアップになる恐れ」があります。
そして、何よりも経営陣に対する信頼とも直結する問題だけに注意が必要です。
《材料費コスト》
材料費のコストは人件費程ウェイトが高くないので、コスト削減による利益増加効果は少ないものです。
例えば5%削減できたとしても、五千円の技術メニューだとすると25円程度、100人の来客でも50万売上に対し2500円程度の削減効果しか出ません。
骨を折ってもこれだけの効果しか出ないのであれば店販品を伸ばし、店販品の利益額と率を増やす努力をした方が効果的にも思えます。
前述の通り、私達の業種ではお客様に直接関わって利益を生むコストが材料費ですので、人件費同様に一番最後に取り組むべき慎重を要する削減となります。
以下の手順で考えていくのが基本です。
一技術当たりの材料費=
技術に使用の全材料費=
材料Aの仕入単価+
材料Bの仕入単価+
・
・
・
材料Jの仕入単価
① 使用する種類の削減(例えばA~Jの10種をA~Gの7種類に削減)
② 材料の使用量の削減(例えば必要容量以上に付けすぎていないか、多く出しすぎて残りを捨てていないか、チェックして必要量の使用にとどめる)
③ 材料仕入単価を下げる(材料Aの仕入を100円から95円に、材料Cを50円から48円に削減)
①~③を考える際に重要なのは、「どの方法が最も効果的か」を見極めることです。
例えば、材料の種類を削減したことで技術の機能や質が低下すると、クレームの原因ともなり、再来店率が低下する恐れもあります。
このような事態を避けるためには「使用する材料」「製品の機能」などをよく知っておくことが大切です。
◆顧客にとって価値の低い機能
◆重複がみられる機能
◆技術目的と合わない機能
以上のような点が見られる場合に、まず①の削減方法から検討していきます。
次に、②についてはマニュアルに基づいて徹底します。
③の仕入単価を下げる方法には以下の2つがあります。
③-ⅰ 現在使用している材料と同等の機能のもので、より安い別のものに変える
③-ⅱ 仕入先との交渉で、同じものを安く仕入れる
③-ⅰの考え方で、お客様への価値が高く、より安価な商品に変える方法が効果的な場合が多いと思います。
①②③-ⅰの順で考えても「今の材料が全部必要で」「現状の使用量が適正で」「別の材料に変えられない」場合には③-ⅱに進んで同じものを安く仕入れることを考えなけばなりません。
③-ⅱa 仕入条件の見直し
◆仕入一回当たりの仕入数量を増加させる
◆長期の取引契約を結ぶ
◆現金引換えなど支払期間の短縮・・・ガソリン代、駐車料金等の高騰で物流コストが上がっているので、大量一括発注すると仕入単価を下げられる場合もあります。
また、生産計画が立てられる意味での長期契約や支払短縮も交渉には効果的です。
③-ⅱb 仕入元の見直し
◆複数の仕入元から有利な条件を検討 ・・・(ア)
◆一社の仕入元に絞り、主仕入元として取引を多くして条件を引き出す(イ)
多店舗や超大型サロン以外は、(ア)の方法では大きな仕入規模にはなりづらいので良い条件は引き出し難く、(イ)の全仕入を一社にして条件交渉するほうが中小規模サロンでは効果的な場合が多いと思います。
また、この業界特有なものとして、メーカーを絞ることによって条件や協力を引き出し易い面もあります。
ディーラーもメーカーからの仕入規模によって、対応し易いメーカーとそうでないメーカーを持っている傾向なので、ディーラーとメーカーの組合せ方で一番良い面が出せると思われます。
以上、時節柄コスト削減を考えましたが、材料部分の安易なコストダウンは、経営上非常に危険です。
また、それをやったとしても大きなコスト削減効果は出しにくいものです。
むしろ東国原知事の様に、個性的で特徴ある店販商品を拡販して、新しい売上創造をし、それで利益総額を増やす考え方をした方が、経営的には大きな効果を生み出すと思います。
お店の状況把握をして、宮崎か大阪のどちらかの改善策を選択するのも一案です。
4月は居住者の移動が最も激しい時で、新顧客獲得をしたい時期だと言えます。
人件費割合が一番高い業種だけに、スタッフの時間を効果度の低い領域のコスト削減に割くより、もっと積極的な東国原発想の営業につぎ込むのが正解とも思いますがいかがでしょうか。
ドラッカー名言集「経営の哲学」・PFドラッカー著・上田惇生訳・ダイヤモンド社発行を参考にしました