『猫も杓子(しゃくし)も』 ― 画一化防止と個性化促進を考える―
「だれかれの区別なくみんな」という意味で使われる諺です。
「杓子(しゃくし)」とは、ご飯をすくうシャモジのことです。
語源には諸説あり、猫の手と杓子の形が似ているところからだという説や、「女も子供も」の意味の「女子(めこ)も弱子(じゃくし)も」が変化したとする説などがあるようです。
英語では、「everyone that can lick a dish」(皿をなめられる者はだれも、かれも)と表現するようです。
先月号の当コラムでは、自店の課題を見つめようとすると、どうしても自店の強みを活かしてそれを伸ばすという発想がなくなりがちで、弱みを改善することばかりに目が行きがちになり、特徴の少ない平均的な店に平準化されてしまいがちになる恐ろしさを考えていきました。
今号では、どの様にすれば画一化しないで済むのか、どうすれば強みを打ち出して特徴付けと個性化ができるのかを考えてみたいと思います。
《杓子定規》
杓子定規とは、すべてに対し一つの基準、形式、感覚などに当てはめてしまって、判断・処理しようとすることをいいます。
応用や融通の利かないやり方や態度に対しても使います。
昔の杓子は柄の部分が曲がっていたそうです。
当然、そんな曲った杓子を定規に使うことは不合理なのですが、一度定規として使ってしまったのでそのまま頑固に変えないことが語源とのことです。
杓子定規なものの捉え方をしてしまうと一方向からの見方しかできなくなり、平準化・画一化といった平凡な特徴のない状態に陥りがちになります。
まずは、物の見方のこだわりを捨てて、多方向から柔軟な姿勢で物事を捉えることが大切だと思います。
さて、業界常識と呼ばれるものがあります。
どの様な業界にも多かれ少なかれあるものだとも思います。
特に、法規制で業界権益が守られてきたり、業界団体や同業者組合などの力が強かったり、情報伝達が閉鎖的な業界ほど、一般常識と大きくかけ離れ、業界内の常識が、判断基準となりがちになります。
業界ガラパゴス現象です。
そんな時は消費者サイドに立って、業界常識と呼ばれるものを見つめ直すべきだと考えます。
第三次を迎えた事業仕分けも、杓子定規に硬直化した予算割り振りを、一度お役所常識をはずして、見直すスタンスで行なっているのではないかと思います。
《猫にかつお節》
今度の諺は油断がならないことや過ちを起こしやすい状況であることを指したことわざです。
猫の目の前に大好物の鰹節を置いて番をさせるように、好きなものをすぐそばに置くのは過ちを起こす元となり、危険だということです。
英語では、「to set the wolf to keep the sheep」(ヒツジの番を狼に頼む)と表現されるようです。
「この様なタイプの店が繁栄している」「こんなメニューがヒットしている」などとの情報が飛び交うと、猫も杓子も同じ様な商品やメニューを導入したり、同じ様な店装が増えていく傾向が出てきます。
立地条件や客層などが大きく違うのにもかかわらず、画一化されて同じ様なことをやってしまいがちになって、自ら特徴を消してしまうのです。
十五年程前のカラーブーム以降その傾向は非常に顕著となり、その後のカリスマ美容師ブームの前後では、繁華街以外の立地であっても、50坪以上のサロンが多くなり、競い合う様に大型サロンが乱立していきました。
天井を貼らずにダクトむき出しのスケルトン天井をグレーか白に塗装だけして、壁も床も同様に、白かグレーや黒のモノトーンにしたサロンが急増しました。
ガラス張りで内部が見えるようにし、明かるめの照明の同じ様に見える店が次々とできました。
業界の有名サロンがその様にすると、雑誌などの媒体やインターネットなどで情報がまたたく間に伝達され、それを参考にした建築デザイナーや業界の内装業者がその提案を拡めるという流れだったと思います。
白基調の内装に明るい照明は、照り返しで眩しさを誘発し、安らぎよりも疲れを感じさせてしまうという話もあります。
歳を重ねる度に、目は弱体化をしていくので、ナイスミドル以降の世代では白基調での眩しさは大敵とも言われます。
白と黒とで組合せられた店内表示は、老齢者には見えづらくてストレスになるとのことです。
更に、小さい文字表記となると、ご年配のお客様は辛い思いをされているに違いありません。
お客様がお店を認識するためには重要な意味を持つ店名も、アルファベット表記の文字にこだわりすぎて、読めなかったり、覚えられないといった問題もあるようです。
店内の音楽についても、若いスタッフが中心になって選ぶと、アップテンポすぎて安らげない、客層年齢にフィットしていないなどの問題を生じます。
ブティックのコムサの様に、一日中かつ一年中、オールタイムに渡って、ビートルズばかりのBGMも有りだと思うのです。
これが他店との差別化であり、強烈な個性化だと思うのです。
ビューティーサロンビジネスの柱は、やはり技術です。
ビューティークリエーターとしての感性を磨くことが、何よりも大切なことです。
しかし、経営陣や運営陣が店舗内の選択項目を100%技術者に委ねてしまうと、お客様の感覚と大きなズレを生じる危険性があります。
技術者はクリエーターとして良い仕事をしようという視線で製品選択をしがちになります。
創造活動の原材料としての感覚で選択をする可能性も出ます。
画家がキャンパスや絵の具、筆にこだわることに似た選び方をしがちになってしまいます。
この場合に、お客様の選択基準や理解し易すさ、お客様にとってのありがた味などが後廻しになってしまう場合もあるのです。
店舗としての戦略性やマーケティングと微妙なズレが出てくることも多いのです。
やはり、経営責任者や運営責任者が、その様な選択の際には必ずからみ、クリエーターサイドに100%任せることは避けた方が良いと思うのです。
選択権を全部委ねてしまうことは、「猫に鰹節」に近い任せ方なのかも知れません。
《猫にまたたび》
またたびは漢字で「木天蓼」と書くマタタビ科の低木植物で、長細い実ができるそうです。
その実は、独特の辛味と苦味があり、猫がこれを好み、食べると猫は酪酊(酔っぱらってふらふらの状態)になるそうです。
「猫にまたたび」は、「泣く子に乳房」や「お女郎に小判」などを後ろに付けた諺もあります。
これらの諺は、大好物なもののたとえ表現として使われます。
また、それを与えれば効果的であるもののたとえとしても使われます。
サロンに来店されるお客様にとってのマタタビは、どのようなものなのでしょうか。
すべてのお客様が大好物のマタタビは見つからないかも知れませんが、継続して来ていただきたいお客様をイメージしながら、その皆様が好むマタタビは何かを店側が深く考えることが大切ではないかと思います。
そうすることにより、サロン側の自己満足や独りよがりではない、本当の個性化ができてくると思うのです。
視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚の五感を最大限に活用してお店の特徴づけをしていくのです。
既に述べましたBGMは聴覚への働きかけですが、他にもスタッフの声かけのトーン(高低)や大きさ、お声のかけ方なども聴覚を使った配慮です。
アロマテラピーの他、チオグリ臭やアンモニア臭対策などが嗅覚への働きかけになります。
頭皮マッサージ技術やシャンプーの快適さ追求、温感や冷感の変化を取り入れた心地良い材料化粧品を使用したり、肩や手のマッサージ技法の充実等が触覚的な働きかけです。
他にも、抱き枕や膝掛け、シャンプーボールやイスのクッション、マッサージャーやアイスノン、温タオルなど気持ちの良い感触対策グッズを駆使されているサロンもあります。
これらは、スタッフの使用感ではなくて、お客様の快適度を優先していくのがポイントです。
味覚面ではサービスドリンクを選べるというのもポイントです。
体をいたわる観点から、ハーブティーが増えていることと、ホットとコールドと両方準備しておくことも大切かと思います。
キャンディーサービスの他、スナック菓子を数種類準備しておられる店や、スイーツをサービスする店も登場しています。
最近、店内禁煙にされているお店も増加してきましたが、喫煙者に我慢を強いている面もあるので、キャンディーやドリンク等を使っての特別な配慮もしておいた方が良いと思います。
さて、最後に視覚だけとっておいたのには理由があります。
五感の中では特に影響力が大きく、7割以上も視覚で人は判断するとも言われているからです。
だからこそ、前述したように店装が画一化することは非常に恐ろしいことなのです。
カラーセラピー(色彩療法)という療法があります。
例えば、ビタミンカラーと呼ばれるパッションオレンジが元気を与えたり、鮮やかな明るい緑は健康や生命力が出てくる色ともいわれます。
黄色の中には「明朗」や「安さ」という印象付けがあり、マツモトキヨシやデニーズ、ダイエーのディスカウント店等が、看板に黄色を使ったのも理解できます。
モノトーンの店の増加を前述しましたが、白と黒のカラーセラピーでの意味は以下の通りです。
●白→清潔・理知的・新しい・威厳・可能性・心理
●黒→豪華さ・重々しさ・沈黙・男性的・絶対的・極限
他の色も記述しますと、以下のようになります。
●青→冷静・知性・沈着・真実・静寂・自立・探求・清潔
●緑→さわやか・若さ・安全・安息・健康・豊かさ・生命力
●赤→情熱・興奮・活動的・積極・生命・喜び・燃える
●黄→明朗・安さ・躍動・若さ・スピード・華やか・軽さ・可愛らしさ
●紫→高貴・気品・成熟・大人
この様に、色には感じ方の違いがあるようですが、皆様はどの様に感じられたでしょうか。
色の使い方で、お店の空気感ばかりでなく、お客様の居心地や精神状態から、働くスタッフのやる気といった感情面にまで影響を及ぼしてくるものなのです。
例えば、紫を例に取ると、赤味に寄ったり、茶味が入ったり、青味が強かったりすると、高貴なものが陰乱ぽい印象に変わるなど非常に微妙なものだそうなので、詳しい人に相談されるのも一案です。
お店の顔でもある入口部分(ファザード)のみを、色彩を考慮しながらプチ改装しただけで、客数が25%アップもできたサロンもあるそうです。
いずれにしても、「ビューティーサロンとはこういうもの」という業界常識や固定概念を、まずはすべて突っぱずして、消費者の視点で考え直すことから始めることが、大切だと思います。
そうすることで、それがお店の独創性や個性化につながっていき、特徴なく埋没してしまうことを防ぐ為に一番有効な方法と考えますが、いかがでしょうか。