『火に油を注ぐ』 ― 人を活かすためには ―
燃え盛る火に油を追加するように、勢いの盛んなものにさらに勢いを加えていく例えで使われる諺です。
英語では、「to throw oil on the flames.」(火炎に油を注ぐ)、「add oil to the fire.」(火に油を足す)、とそのまま表現するようです。
「火に油を注ぐ」は、最近はあまり良い意味では使われていないようです。
例えば、手が付けられない程に悪化するようにまで、余計なことを追加してしまった場合などに使われます。
しかし、元来の意味では、好調なものを更に勢いづけてあげるように、もっと積極的かつ前向きな意味で使われていたのではないかと思います。
「駆け馬に鞭(むち)」というのも同じ意味の諺です。
早く走っている馬に鞭を入れて加速させるように、勢いのついているものにさらに勢いをより一層激しくしていくことのたとえとして使われます。
「走り馬にも鞭」ともいうそうです。
4月はたくさんのものが門出を迎えるシーズンです。
入学、入社、転勤、転居、年に一度桜の花が咲くと同様、世の中が一斉に新しく動き出す活気あるシーズンです。
サロンでも、新しく近隣住民となられたお客様を迎え入れて、学生から社会人になられるお客様のイメージチェンジをするなど、変化の時期です。
また、ニュースタッフを迎え、店内の雰囲気も大きく変わっていくこともあるでしょう。
新しい環境に身を置き、緊張の中にも新天地に心躍らせ燃えているフレッシュメンバーの心に更に火をつけることで、先輩達も一緒に活力を上げていけることが望ましいと思います。
サロンビジネス関係者すべてで、業界の戦力になれるように、温かい心で新人達を育てていきたいものです。
《天職》
「天職」という言葉を辞書で引くと、(1)天から授けられた職務、(2)生まれながらの才能・性質に適した仕事、と書かれています。
「この仕事が天職だ」と自ら言いきれることは、とても幸せなことではないでしょうか。
小生の個人的見解では、理美容師の皆様には、自らの仕事を天職だと言い切れる人の割合が、他業種に比べ比較的に多いのではないかと思います。
しかし、当業界に限らず「自分は天職に就いている」と言える人の中でも、当初から天職に巡り合ったと実感した人は、ごく少数なのではないかとも推察しています。
子供時代から自分の才能がどこにあるのか、解っている人は非常に少ないだろうし、青年期になってもそれが見い出せずに、もがき苦しんでいる人の方が大多数なのではと考えています。
自分に合う職業に出会うことは多くの場合、仕事をしながら目一杯頑張って、苦労を重ね努力し続けているうちに、これが天職なんだと気がつくことが多いのかと想像しています。
頑張っている中で、できなかったことが出来る様になり、周囲から支えられ認められることの喜びや、お客様からの感謝などが、自らの励みや成長の実感となり、次第に職業への愛着が深まっていくのではないかと思うのです。
「天職」とは英語では「calling」と言い、神様からの呼び出しという意味だそうです。
最初から目指した訳ではなかった職業でも、一所懸命にやっているうちに、才能が開花する時期がやってきます。
神様から呼ばれて、その仕事をすることが運命の様に感じ、していることが自然に受け取れるといった感覚なのではないでしょうか。
「自分はこれをする為に生れてきたんだ」という深い納得感は、熟慮(頭で考え抜くこと)の末の決断や観念(自己の思いこみ)よりも、むしろ体感に近いものだという人もいます。
ですから、初めて仕事に就く皆さんは、一所懸命にまずはやってみることが一番大切なことだと思います。
不思議なことに、観念(思いこみ)と、観念する(もはやこれまでと諦め、覚悟を決める)というのは同じ字です。
自らが思い込んだ考え方と、絶体絶命と腹をくくって覚悟を決めることは同じ字で表現されているのです。
腹をくくってとことんやってみることなしに、天職は見い出せないものなのかも知れません。
自らの仕事を天職と感じ、幸福感や充実感を持ちながら仕事をする人と接すると、周囲の人達も幸せな気持ちになります。
サービス業であるサロンビジネスでは、特にそれが重要なことです。
幸せを感じながらサービスを施す技術者に出会えることは、お客様にとっては次回の来店動機となるのです。
スタッフの皆様全員が生き生きと充実感を持って働いておられるサロンは、お客様も入るだけで幸せな気分になり、例外なく繁盛店になっているといっても過言ではないと思います。
《火の消えたよう》
周囲を明るく照らしていた炎が消えるように、ぱったりと活動が止まって活気を失い、ひどく寂しくなってしまう様子を形容した諺です。
英語では燃料切れをたとえに使い、「Like someone (またはsomething)ran out of gas.」(ある人=またはあることがガス欠になったみたいに)と表現するようです。
メラメラと燃え上がるような気力で入社してきた新入社員が、新人研修で更にやる気に火が付けられ職場に入ってきます。
ところが、数か月もすると徐々にメラメラした炎は細くなり、場合によってはその後火が消えたようになってしまうことが、どんな業種やどんな企業でも起こり得ることなのです。
企業や店舗には、それぞれが持っている企業風土があります。
また、組織の集団で形成された、独特の集団性格や行動原理と呼ばれるものもあります。
これらが良い方向で作用すると、新メンバーも、やる気や適度な緊張感を持続でき、成長しやすい環境になります。
しかし、逆に悪い方向に作用すると、先輩や組織の持っている悪い面や悪い集団性格を受け継いでしまったり、緊張感を失って悪い風土に同化してしまう場合もあると思います。
新スタッフを迎えることで、組織も成長し、活性化しなければなりません。
フレッシュな人材を迎えるということは、先輩も上司も組織体も併せて成長できる絶好のチャンスなのです。
さて、新入生を指した英単語が、「fresh man」です。
freshとは、「新鮮な」「はつらつとした」「生気のある」「さわやかな」「初々しい」「新しい」などの意味がある他、「純粋な」「混ざりっけのない」などの意味もあります。
例えば、fresh waterは「淡水」「真水」のことだそうです。
もうひとつ、freshは「未熟な」という意味も持ちます。
和洋問わず、新鮮なものとは、未成熟なものでもあるのです。
新人は真水で、迎え入れる先輩スタッフの影響で変化していく者なのです。
高校野球で、甲子園の優勝経験豊富な伝統校と呼ばれるチームがあります。
そこに、素質がありながらも中学時代は無名だった選手が入り、そこで才能が開花し、プロ野球でも大活躍する選手に育った例をよく聞きます。
本人のやる気という前提を抜きには語れませんが、
①質を見抜いて高めてあげる監督や指導者、先輩に恵まれた。
②その高校の伝統やチーム風土により成長した。
③厳しい競争や練習で鍛えられて能力が高まった。
・・・などの要因があると思います。
①~③の最低ひとつか、または複数の要因が重なって力を発揮できたのではないかと想像できます。
逆に、中学時代に輝かしい実績を上げて、素材としても抜群と言われていた選手が、高校へ入って大成できなかった例も時々耳にします。
①~③の環境に恵まれないチームに入ってしまったり、自分の動機付けそのものができずに、向上心が保てなかったなどの理由から、才能を持て余してしまうのはよくあることです。
《野村再生工場》
京都北部の高校野球では無名校だった峰山高校出身で、プロ野球・南海ホークスにテスト生で入団し、名捕手・強打者となった大選手がいます。
「ぼやき」で有名な野村克也氏です。
戦後にフルシーズン制になってからの、日本初の三冠王(一九六五年)、最優秀選手(MVP)5回、ホームラン王9回、打点王7回など輝かしい実績を残してきた選手が野村氏です。
何よりも素晴らしいのは、重労働といわれる捕手で、実働26年間、3017試合に出場し、南海・ロッテ・西武で44歳まで現役を貫いたこと。
また、南海で若くして(35歳)選手兼監督となり、チームをリーグ優勝(38歳)に導きました。
55歳でヤクルトスワローズの監督に就任し、データ重視の「ID野球」でリーグ優勝4回、そのうち日本一を3回も達成してきました。
64歳でタイガースの監督に就任すると、優勝は果たせなかったものの、後任の星野氏による優勝の基礎固めをしました。
66歳で社会人野球のシダックス監督になった後、71歳で楽天ゴールデンイーグルスの監督に就任すると、万年最下位のチームを優勝争いができるところまで引き上げました。
無名校からパ・リーグチームに入って叩き上げた野村氏は、同世代でいつも華やかなスター街道を歩んでいた、長嶋茂雄氏に対して強烈なライバル意識を燃やしていたといいます。
「長嶋、王が太陽に向かって咲くひまわりなら、俺はひっそり野に咲く月見草」、また「生涯、一捕手」と野村氏が語ってきたことは有名です。
長嶋氏は立教大学時代に南海入りを希望し、チームメイトの名投手・杉浦忠氏に南海入りを勧めておきながら、最後に自分だけドンデン返しで巨人入りとなった為に、特に野村氏はライバル心をむき出しにしたようです。
自らは契約金なしで、月七千円の月給で南海入りしたのに対し、長嶋氏は大学時代からスターダムに乗り、当時最高の契約金で巨人入りした為、野村氏の反骨精神に火が付いたのでしょう。
《人を生かすのは人》
野村氏といえば、ここ最近は「ぼやき」が全面に出て語られていました。
「ぼやき」を巧みに操り、人の心に火をつけることができるとの論調です。
小生が思うには、野村氏は人物観察に優れ、人の長所を見つけ出して、それを生かす天才だと思うのです。
旧所属球団から、ダメ出しされたり、年齢限界説を唱えられた選手を見事に蘇らせて再活用してきました。
南海で江本孟紀、江夏豊、山内新一各投手、ヤクルトでは小早川毅彦、辻発彦両選手、楽天の山崎武司選手等です。
長所と短所は紙一重といいますが、短所もしっかりと掴んだ上で長所を生かす術を氏は知っているのでしょう。
「選手の力が足りない」と言うのであれば、監督やコーチは要りません。
同様に、「部下や社員に恵まれない」と言えば、管理者が自らの無能を認めていることになり、「自らを必要ない」と言うのに等しいことになります。
上司、管理者、先輩の役割とは、後輩の長所を伸ばし、愛情を持って育み育て上げていくことなのです。
教育とは、教えることと育てること。
育てることとは、長所を見い出して伸ばして上げることの意味だそうです。
教える側も、対象の人を凝視することにより、自らも勉強になり、自らを高めていくことができます。
教えながら教えられ、育てながら育てられていきます。
野村氏はぼやきながら、その場に居ない選手の向上心を煽り、プライドをくすぐり、間接的に褒めたり、認めたりして、「やる気」を「本気」に変えていたのかも知れません。
人は認められることによって、頑張れる生き物です。
実力のある者は、プライドをくすぐられることがきっかけで「本気」になれる場合もあります。
フレッシュな人材が入ることよって、大きく集団が変わっていける可能性が生まれます。
因みに、Refreshは「元気づける」、「清新する」という言葉です。
鎖国状態だったところに、新人がペリーとなって一気に開国の雰囲気に変える可能性があるのかも知れません。
大切なことは、迎え入れる側が本気になり、フレッシュな人材の「火を消さず」に「火に油を注ぐ」ことだと思いますが、いかがでしょうか。
今回は、神戸メンタルサービス合資会社所属カウンセラー・みずがきひろみ氏のブログ、同社所属カウンセラー・ふなきかずみ氏のブログ、㈲マニスオブヘアー代表取締役・相本恭成氏の講演を参考にしました。